「愛の対義語は、憎しみではなく無関心である」
そんな言葉があります。
もし、本当にそうなのだとしたら、、
「愛する」ということは、誰かのために何か特別なことをすることではなく、その人に関心をよせることなのかもしれません。
今日は元気だろうか?
今、どんなことを考えているのだろう?
何に喜び、
何に傷つき、
どんな世界を見ているのだろう?
そんなふうに、誰かに心を向ける。
話を聞く。
変化に気づく。
その人がつくったものに触れてみる。
どれも小さなことです。
でも、「あなたのことを知りたい」という気持ちの中には、すでに小さな愛が宿っているのかもしれません。
これは情報発信をしていく上での「核」なのだと感じています。
ではでは。
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